2012年3月26日月曜日

4.1 Eテレ 「3.11後を生きる君たちへ〜東浩紀 梅原猛に会いに行く〜」は必見

明日は忙しいからもう寝ようと少し眠ったものの
急に目が覚めて、何故かTVをつけた。
必要な事は時々、TVからもやってくる。

Eテレ「3.11後を生きる君たちへ〜東浩紀 梅原猛に会いに行く〜」
私がTVをつけたのは2:15だったけど、2:05からやっていたらしい。

東氏のインタビューに答えて
梅原先生はギリシャ文明から続いてきた西洋文明の終焉を語る。
エジプトの頃は人は太陽を怖れ、崇拝する一元論上での思想であったが
ギリシャに至って、人と自然を分離する二元論での考え方に移り
そこから発展した西洋文明が3.11の福島へとつながる。
内容は非常に深く、とてもこんなブログごときで収まりきれない。

4月1日(日)18:00〜19:00に
再放送があるので必見である。

梅原先生が若い学生さんからの問いに答えて
ご自分の戦争体験もからめて少し語られた点も
非常に心に響いた。

日本が古来から大事にしてきた思想に
全ての答えがあることを思い知った。

これからは手に負えないものは二度と動かしてはならない。
現時点で二度と原発に頼る生活をしてはならない。

これからの日本人がどういうふうに生きるのかが
世界を救うことになると思った。




2012年3月22日木曜日

京都嵐山 鯛匠HANANAのバーニャカウダ

嵐山に鯛茶漬けのお店がある。
navao のお気に入りはそこのパスタメニュー、前菜のバーニャカウダ
京野菜を暖かいアンチョビソースでいただく。


写真にはドジって、写しきれてないが
長いお野菜はみんな立てて飾ってあるので
その様子は5月人形の鍾馗様(しょうきさま)のように派手だ。
お店では「京の生け花サラダ」と銘打っている。


右側のバーニャカウダソースは
残ったら底のほうのソースを
お茶漬け頼んだ人からご飯をちょっといただいて(ご飯はおひつで来る!)
そのごはんをチョビッとからめて平らげると美味し。


鯛茶漬けはもちろん美味しいよ。
和のイメージの中
サラダの盛りつけが派手だと楽しくなるよん♪


京都嵐山 鯛茶漬け専門店 鯛匠HANANA
http://hanana-kyoto.com/top.html





2012年3月21日水曜日

Banda Libre @原宿クロコダイル

サルサバンドの大澤氏より春便りのメールがきたーっ!

なんでも
来週末の3月31日(土)に原宿のクロコダイルにてLIVEがあるとのこと。

ああ、クロコダイル、なつかしいわあ。その節は本当に私、お世話になりました。
西店長、お元気でいらっしゃいますか?

クロコでサルサ
行きたいなあ。ゴキゲンだなあ。楽しいと思うよ。
ふ〜ん、salsa de dancin2012ってのがあるんだにゃ。
家が初台だったら、行くけどな。残念。

皆、遊びに行ってね。

原宿クロコダイル
http://crocodile-live.jp/index2.html




2012年3月18日日曜日

孤独死という言葉

山口美江氏が若くして亡くなられた報道の中に「孤独死」という言葉が使われた部分がある。
報道では彼女は一人暮らしをしていたというだけで
社会から孤立していたというわけではなく
むしろ積極的にご近所ともおつきあいされていたとの事。


孤独という言葉の定義や
死の概念を考えるとなんでもかんでもくっつけてしまうのは愚かだと思うわ。


だいたいやね、一人暮らしの人が家で死ぬと皆、孤独死なのか?


誰かに看取られながら死なないとそう片付けられてしまうのならそれは言葉の暴力だと思うにゃ。
一人でさみしく死ぬって言うけど
皆で楽しく死んだら、集団自死だよな。
マスコミは言葉に対してていねいなフリしてるけど
本当は実に荒っぽい言い方を選ぶ。


それになあ、元来
死ぬ時は一人で逝くもんさ。


社会から孤立して死んでしまった人へどうして生きている時に接触してあげられなかったのかという反省の意味をこめての報道なら、3文字で表わしてしまう事こそ不謹慎だと思う。
加えて
家族が皆、先に逝ってしまった人もたくさんいらっしゃる。
その方達が病院でなくならなかったら、孤独の文字をつけてしまうのか?アホらしい。



その時がきたら、人は何も選べないんだと思う。それが自然の摂理だと思う。
死者に対して冒涜するような単語は言語道断やわ。


孤独という言葉を使った名言
私は孤独である。私は自由である。私は自分自身の統治者である。」カント
自由を選んだ人間にそれなりの覚悟はあるさ。



2012年3月13日火曜日

お松明

12日18:24 
二月堂/東大寺

19:51;52

19:52:41

19:52:44

登廊を上がってくる時の大松明はさながら火事のよう
気温は0度に近い中
新聞発表では25000に近い人の見守る中
長さは8m、重さは70キロに及ぶ
ひときわ大きなお松明が11本
二月堂の舞台を走った
どうぞ日本の「道明かり」になって下さいと祈った


2012年3月12日月曜日

私のしあわせ

自分の幸せな顔を直接見る事は出来ひん。
わたしは人が
わたしに幸せな顔を見せてくれることが大好きだ
だから
そんな顔が見たいがためにいろいろがんばる

一人で幸せを感じるには
自分はちょっと感覚が鈍くなってるのかもしれんな
視覚的に見た方がわかりやすい

「幸せの共有」
うん、ええ言葉やわ

2012年3月3日土曜日

大安寺

奈良・大安寺に写真家の佐藤順子先生のお供をして行った。
天平の時代には、仏教伝来初期、700名近い学僧がここでお勉強され
都の中心となっていた大きなお寺だったが
建物は焼失され現在はその当時のものは仏像のみとなっている。
3月31日まで馬頭観音様の特別公開日。
馬頭観音様は頭上に馬頭をいただくお姿が多いのだが
ここの馬頭観音様に馬頭は見られない。非常に古いお姿と考えられているそうだ。

実家の近く、摩耶山の麓に妙光院という天台宗のお寺があって
お寺の階段を上った所に大きな馬頭観音様がいらっしゃっる。
小学生の頃、そのお足元でよく遊んだ思い出がある。


今日は
新しいお堂の建設が行われていて
瓦を葺く職人さんがてっぺんを手がけていた。


以前は敷地内だったであろう無縁墓石群に一体、観音様がいらっしゃった。

2012年3月1日木曜日

大事なものを無くす

20年間、愛用していたゴールドのネックレスが切れて
ペンダントトップにしていた叔母の形見の真珠のリングが無くなった。
どっかで落とした。
ゴールドのチェーンはかろうじて首に引っかかって手元に残った。

大事なものなら
使わないて宝石箱にしまっておけばいいんだ。
でもあれは私の日常だった。

鎖が切れて逃げちゃったけど
よく今までつきあってくれたなあって思う。
お守り代わりだった。
ありがとう。
バイバイ。